広重や北斎に連なる浮世絵風景版画の技法で、世界遺産を描いた連作です。近景を大きく配し遠景へ視線を導く大胆な構図、藍を基調に朝焼けや夕景の暖色を重ねる摺りのぼかし、輪郭線と平坦な色面という木版画ならではの表現で、各地の光と空気を写しました。日本の伝統版画の眼差しで世界の名所を見つめ直す試みです。「第一部」としている通り、以後「第二部」「第三部」と順次、世界遺産を取り上げて制作発表の予定です。
これらの作品は、世界遺産を写真のように正確に写し取ったものではなく、あくまでも一枚の「絵」として描いたものです。広重や北斎がそうしたように、構図を整えるために建物や山、樹木や人などの位置を実際とは変えたり、実景には無いものを描き加えたり、季節や時刻、天候を絵の趣に合わせて選んだりしています。ですから、現地の実際の眺めとは異なる箇所があります。地理や建築の記録としてではなく、木版画の美しさを楽しむ一幅の風景画としてご覧ください。
一連の作品は、複数の生成AI、及びデジタルレタッチを用いて、制作しています。全ての作品は、A2判和紙にジークレー版画、限定5枚まで、裏面作者サイン入りで1枚1万円(税込)にて販売しております。53次第一部全53枚セットは、25万円(税込)で販売しております。
詳しくは、下記サイトからお問い合わせください。
世界遺産的 五拾三次 第一部 URL https://link1959.com/yoshi/index.htm#sekaiisan53
作家作品サイト URL https://link1959.com/yoshi
トスカーナ州ピサのドゥオモ広場に立つ大聖堂の鐘楼。一一七三年に着工されたが、地盤が軟弱なため建設途中から南へ傾き始めた。工事は一時中断し、以後の建設では傾きを目立たせぬよう上層を反対側へわずかに曲げて積むなど、補正を重ねながら約二百年をかけて十四世紀に完成した。高さ約五十六メートル、白大理石の優美な円柱回廊が八層に積み重なるロマネスク建築の傑作である。長らく倒壊が危ぶまれたが、二十世紀末の大規模な補強工事で傾斜が安定した。大聖堂・洗礼堂とともに広場全体が世界遺産に登録され、「奇跡の広場」と称えられている。
絵として斜塔を画面中央に据え、垂直と傾きの対比で緊張を生む。手前に瓦屋根の土壁と蔦を大きく置いて遠近を導き、青空へ抜ける余白が塔の白を際立たせる。木版特有の平坦な色面が大理石の質感を静かに写す。
アメリカ西部、ワイオミング州を中心に三州へまたがる、一八七二年指定の世界最初の国立公園。巨大な火山のカルデラの上に広がり、地下のマグマが生む間欠泉や熱水泉、噴気孔が一万を超えて点在する。中でも青から橙へ虹色に輝く大温泉グランド・プリズマティック・スプリングや、規則正しく噴き上げる間欠泉オールド・フェイスフルは世界的に名高い。広大な原生林と草原にはバイソンや灰色狼、灰色熊が暮らし、手つかずの生態系が保たれている。地熱と野生が息づく比類なき景観により、自然遺産に登録されている。
絵として瑠璃の熱水泉を中景に据え、湯気の白を縦に立ち上げて空へ導く。泉を縁取る橙が青との対比を生み、奥へ広がる台地と森を水平に連ねる。手前の野花が色の呼び水となり、東海道五十三次の遠近法を思わせる。
フランス北西部、ノルマンディーの湾に浮かぶ岩山の修道院。八世紀、司教オベールが夢のお告げを受けて礼拝堂を築いたのが起源とされ、以後増改築を重ねてゴシックの尖塔が天を指す現在の姿となった。周囲の湾は潮の干満差がヨーロッパ最大級で、かつて満潮時には海に浮かぶ孤島となり、巡礼者は命がけで参道を渡ったという。「西洋の驚異」と讃えられ、中世には学問の中心、後には要塞や監獄としても使われた。一九七九年、修道院と湾一帯が世界遺産に登録され、フランス屈指の巡礼地として今も人々を集めている。
絵として円錐形の島を画面中央にすっくと立て、水面に伸びる灯の映りで上下の均衡をとる。夜の藍を全面に刷き、修道院の金色の灯がただ一つの暖色として浮かぶ。広い水の余白が孤高の島を引き立て、静けさを湛える。
オーストラリア大陸のほぼ中央、赤い荒野にそびえる世界最大級の一枚岩。周囲約九・四キロ、高さ約三百四十八メートル、地中にはさらに巨大な岩体が眠るとされる。先住民アナングの人々が数万年にわたり聖地として守り継ぎ、岩肌には神話を伝える壁画が残る。日の出と日没には岩が朱に燃え、刻々と色を変える光景は大陸の心臓と呼ぶにふさわしい。一九八七年に自然遺産として登録され、後に先住民文化の価値が加わり複合遺産となった。現在は文化への敬意から登山が禁じられ、麓を巡る歩道から聖なる岩を仰ぐ。
絵として赤い岩塊を横長に大きく据え、大地の水平線を強調する。酸化鉄の朱をまとう岩肌を、青の空と補色で対比させる。手前の低木を点描のように散らし、枯枝と黄の花が荒野の広がりに彩りを添える。
南イタリア、ナポリの街と青い湾、その背後に裾野を広げる活火山ヴェスヴィオ。西暦七十九年の大噴火はポンペイやエルコラーノを一夜にして灰に埋め、その名を歴史に刻んだ。「ナポリを見てから死ね」の言葉どおり、湾越しに火山を望む景観は古来、旅人や画家たちを魅了してきた。ナポリ歴史地区は、ギリシャ植民都市に始まる二千五百年の歴史が地層のように重なる旧市街で、一九九五年に世界遺産に登録された。城塞や大聖堂、下町の路地が今も生き生きと息づいている。
絵として手前の聖堂の丸屋根から湾へ視線を導き、海に突き出す卵城を要に、奥の火山へと遠近を重ねる。双峰の稜線を柔らかな藍でぼかし、地平の淡い光と青い海を対比させる。街並みを細やかな色面で刻む遠近の妙。
兵庫県姫路市、姫山の上に立つ白亜の名城。羽を広げた白鷺の姿にたとえられ、白鷺城の別名で親しまれる。現在の大天守は一六〇九年、池田輝政による大改修で完成した。五層七階の大天守と三つの小天守が渡櫓で結ばれる連立式天守は、白漆喰総塗籠の優美な外観と、迷路のような曲輪や狭間を備えた実戦的な縄張りを兼ね備える。築城から四百年、戦火や震災を免れて創建時の姿を留める天守は奇跡と呼ばれ、一九九三年、法隆寺とともに日本初の世界文化遺産に登録された。
絵として天守を画面中央やや右に据え、屋根の反りの重なりでリズムを生む。手前に松と夏の緑を大きく配して白壁と対比させ、灰色の瓦が白漆喰を引き締める。淡いクリームの空を背に白を際立たせ、木版らしい輪郭線が瓦の連なりを描く。
ベトナム北部、トンキン湾に広がる世界有数の景勝地。エメラルドの海に大小二千近い石灰岩の島々や奇岩が林立し、「海の桂林」とも讃えられる。ハロンとは「龍が舞い降りる」の意で、天から降りた龍が吐いた宝玉が島々になったという伝説が残る。石灰岩が長い年月をかけて浸食されてできたカルスト地形で、島には鍾乳洞が点在し、水上で暮らす漁民の集落も浮かぶ。霧に霞む島影が墨絵のような幻想的な景観をなし、一九九四年に自然遺産として登録された。遊覧船での島巡りが名高い。
絵として手前の黄壁の家と緑で視点を定め、湾に林立する奇岩を奥へ重ねる。遠くの島影を淡い青で霞ませ空気遠近を作り、暮色の空が青緑の海と映え合う。垂直の岩と水平の海の対比が構図を引き締める。
ハンガリーの首都ブダペスト、ドナウ川西岸の丘にそびえる歴代王の居城。十三世紀にベーラ四世が築いて以来、増改築と破壊、再建を繰り返し、現在はバロック様式の壮大な宮殿として丘を占める。眼下には対岸のペスト地区と結ぶ名橋くさり橋が架かり、国会議事堂やドナウの流れとともに「ドナウの真珠」と讃えられる夜景をなす。一九八七年、ブダ城地区とドナウ河岸が世界遺産に登録された。現在、宮殿は美術館や図書館として使われ、丘一帯には中世の街並みが残る。
絵として対岸から城と鎖橋を横に構え、川面に映る灯りを縦に流す。夜景の藍を基調に、建物の窓明かりを暖色で点じて対比する。満月と尖塔が天を、水平の川が地を締め、静謐な都市の情景を描く。
アメリカ・アリゾナ州北部、コロラド川が約六百万年をかけて大地を刻んだ大峡谷。長さ約四百四十六キロ、幅は最大二十九キロ、深さ約千八百メートルに及び、谷壁には二十億年ちかい地球の歴史が地層となって露出する。まさに「地球の年輪」であり、時刻や天候によって岩肌が赤や紫に色を変える光景は圧巻の一語に尽きる。先住民が古くから暮らし、十九世紀の探検によって世界に知られた。一九一九年に国立公園となり、一九七九年に自然遺産として登録。今も年間数百万人が訪れる。
絵として手前の岩棚を大きく置いて奥行きを作り、幾重もの尾根を段階的に霞ませる。地層の朱と谷底の藍が明暗を分け、深さを表す。水平の地層線がリズムを生み、大地の悠久を平坦な色面で伝える。
オーストラリア・シドニー湾に突き出た岬に立つ二十世紀を代表する建築。白い貝殻か帆船の帆を思わせる屋根の重なりはデンマークの建築家ヨーン・ウツソンの設計で、国際コンペで選ばれながら難工事の末、着工から十四年を経て一九七三年に完成した。百万枚を超える白いタイルに覆われた屋根は、陽光や夕日を受けて刻々と表情を変える。コンサートホールや歌劇場を擁する芸術の殿堂として年間千を超える公演が行われ、二〇〇七年、現代建築として異例の早さで世界遺産に登録された。
絵として白い帆型の屋根を画面右に据え、曲線の重なりでリズムを刻む。左手前の大樹と岩場が額縁となり、湾の水面越しに視線を導く。空の暖色と屋根の白、海の青の対比が澄んだ静けさを生む。
スペイン・バルセロナに建設が続く贖罪の大聖堂。一八八二年に着工され、翌年から天才建築家アントニ・ガウディが主任建築家として生涯を捧げた。森の木立を思わせる内部の柱、生誕の門を埋め尽くす彫刻など、自然に学んだ有機的な造形が随所に息づく。ガウディの死後も寄付と入場料によって工事が続けられ、百四十年を超えてなお未完のまま建設が進む稀有な建築である。生誕のファサードと地下聖堂は二〇〇五年、ガウディの作品群として世界遺産に登録された。
絵として林立する尖塔を天へ導き、垂直性を強調する。手前にグエル公園の破砕タイルのベンチを配し、ガウディの曲線と聖堂の垂直を響き合わせる。青空とクリームの雲を背に、細密な輪郭線が装飾の複雑さを写す。
アドリア海に臨むクロアチア南部の城塞都市。中世にはヴェネツィアと並ぶ海洋都市国家ラグーサ共和国として交易で栄え、「アドリア海の真珠」と讃えられた。全長約二キロの堅固な城壁が旧市街をぐるりと囲み、橙色の瓦屋根が紺碧の海に映える景観は比類がない。大聖堂や宮殿、ヨーロッパ最古級の薬局が石畳の街に残る。一九七九年に世界遺産登録。九十年代の内戦では砲撃を受けたが、国際協力によって忠実に修復され、今日も中世の面影をそのまま留めている。
絵として城壁と赤瓦の街を俯瞰で捉え、屋根の朱と海の藍を大胆に対比させる。手前の赤瓦と黄花が額縁となり、円形の砦を経て奥の街へ視線を導く。水平線を高く取り、屋根の連なりを平坦な色面でリズミカルに描く。
オーストリア中部、ザルツカンマーグート地方の湖畔に佇む小さな町。背後に迫る山の斜面に木造家屋が身を寄せ合い、尖塔のある教会とともに湖面に映る風景は「世界で最も美しい湖畔の町」と讃えられる。地名は古語の「塩」に由来し、七千年前から続く世界最古級の岩塩坑が町を潤してきた。鉄器時代の文化に「ハルシュタット文化」の名を与えた考古学の聖地でもある。一九九七年、塩の産業と山岳景観が一体となった文化的景観として世界遺産に登録された。
絵として湖畔の家並みと尖塔を右に寄せ、水面の反射で上下対称を作る。左手前の黄葉が色を添え、背後の雪嶺と霧の帯が奥行きを深める。垂直の尖塔と水平の湖面が対比し、静かな山間の情趣を湛える。
南米チリ領、南太平洋の絶海に浮かぶイースター島(ラパ・ヌイ)の巨石像。十〜十六世紀頃、島の先住民が祖先を祀るため凝灰岩を刻んで建てたとされ、大きいものは高さ十メートル、重さ八十トンを超える。約九百体が確認されるが、いかに切り出し、運び、立てたのかは今も謎が多い。部族間の抗争や森林の消失とともに多くが倒されたが、近年は各国の協力によって再建が進む。一九九五年、島全体がラパ・ヌイ国立公園として世界遺産に登録された。
絵として一体の巨顔を左近景に大きく据え、石肌の質感を細密に刻む。中景に並ぶ群像が奥行きを作り、大小の対比が巨石の量感を際立たせる。青い海と雲湧く空の余白が、絶海の静けさを湛える。
ベルギー北西部の古都ブルージュを象徴する運河の船着場。ローゼンホートカイは「ロザリオの岸辺」を意味し、運河越しに鐘楼を望むこの一角は町いちばんの絶景として知られる。中世、毛織物と交易で栄えたブルージュは「北のヴェネツィア」と呼ばれ、十五世紀には北方ルネサンス絵画の中心地となった。その後の港の衰退が、皮肉にも中世の街並みをそのまま凍結保存した。運河と切妻屋根の家並み、石畳が織りなす歴史地区は二〇〇〇年に世界遺産に登録された。
絵として岸辺のしだれ柳を左に大きく据え、煉瓦の家並みと鐘楼を背に立てる。水面の反射が建物と緑を縦に伸ばし、上下で画面を結ぶ。右奥へ退く運河が奥行きを導き、静かな水路の情景を細密に描く。
イタリア・ローマの中心に立つ古代最大の円形闘技場。ウェスパシアヌス帝が着工し、西暦八十年にティトゥス帝が完成させた。長径百八十八メートル、五万人を収容し、剣闘士の戦いや猛獣狩り、時には水を張った模擬海戦まで繰り広げられたと伝わる。アーチを重ねた構造や観客を短時間で出入りさせる動線など、ローマ建築技術の粋が注がれた。中世以降は石材を持ち去られ半壊したが、なお威容を保つ。一九八〇年、ローマ歴史地区として世界遺産に登録された。
絵として楕円の外壁を斜めから捉え、アーチの連続で奥行きを生む。昼の光の下、石灰華の乳白と煉瓦の赤褐が素材色のまま並ぶ。手前は赤瓦の家並みと緑、左にフォロ・ロマーノの列柱遺跡を望む、やや高めの視点。
アルゼンチンとブラジルの国境を流れるイグアス川にかかる世界最大級の瀑布群。全幅約二・七キロにわたり大小二百七十五もの滝が連なり、毎秒数千トンの水が轟音とともに落下する。最大の見どころ「悪魔の喉笛」では高さ約八十メートルの半円状の絶壁を奔流が呑み込み、水煙が空高く立ち上る。周囲は亜熱帯の密林で、オオハシや蝶が舞う。先住民の言葉で「大いなる水」を意味し、アルゼンチン側は一九八四年、ブラジル側は八六年に自然遺産として登録された。
絵として横一線に連なる滝の白を幅いっぱいに配し、中央の水煙で奥行きを生む。左の大樹と垂れる蔓が額縁となり、密林の深い緑が滝の白と対比する。地平の淡い暖色から上空の青へ、視線の広がる遠望の構図。