広重や北斎に連なる浮世絵風景版画の技法で、世界遺産を描いた連作です。近景を大きく配し遠景へ視線を導く大胆な構図、藍を基調に朝焼けや夕景の暖色を重ねる摺りのぼかし、輪郭線と平坦な色面という木版画ならではの表現で、各地の光と空気を写しました。日本の伝統版画の眼差しで世界の名所を見つめ直す試みです。「第一部」としている通り、以後「第二部」「第三部」と順次、世界遺産を取り上げて制作発表の予定です。
これらの作品は、世界遺産を写真のように正確に写し取ったものではなく、あくまでも一枚の「絵」として描いたものです。広重や北斎がそうしたように、構図を整えるために建物や山、樹木や人などの位置を実際とは変えたり、実景には無いものを描き加えたり、季節や時刻、天候を絵の趣に合わせて選んだりしています。ですから、現地の実際の眺めとは異なる箇所があります。地理や建築の記録としてではなく、木版画の美しさを楽しむ一幅の風景画としてご覧ください。
一連の作品は、複数の生成AI、及びデジタルレタッチを用いて、制作しています。全ての作品は、A2判和紙にジークレー版画、限定5枚まで、裏面作者サイン入りで1枚1万円(税込)にて販売しております。53次第一部全53枚セットは、25万円(税込)で販売しております。
詳しくは、下記サイトからお問い合わせください。
世界遺産的 五拾三次 第一部 URL https://link1959.com/yoshi/index.htm#sekaiisan53
作家作品サイト URL https://link1959.com/yoshi
トスカーナ州ピサのドゥオモ広場に立つ大聖堂の鐘楼。一一七三年に着工されたが、地盤が軟弱なため建設途中から南へ傾き始めた。工事は一時中断し、以後の建設では傾きを目立たせぬよう上層を反対側へわずかに曲げて積むなど、補正を重ねながら約二百年をかけて十四世紀に完成した。高さ約五十六メートル、白大理石の優美な円柱回廊が八層に積み重なるロマネスク建築の傑作である。長らく倒壊が危ぶまれたが、二十世紀末の大規模な補強工事で傾斜が安定した。大聖堂・洗礼堂とともに広場全体が世界遺産に登録され、「奇跡の広場」と称えられている。
絵として斜塔を画面中央に据え、垂直と傾きの対比で緊張を生む。手前に瓦屋根の土壁と蔦を大きく置いて遠近を導き、青空へ抜ける余白が塔の白を際立たせる。木版特有の平坦な色面が大理石の質感を静かに写す。
アメリカ西部、ワイオミング州を中心に三州へまたがる、一八七二年指定の世界最初の国立公園。巨大な火山のカルデラの上に広がり、地下のマグマが生む間欠泉や熱水泉、噴気孔が一万を超えて点在する。中でも青から橙へ虹色に輝く大温泉グランド・プリズマティック・スプリングや、規則正しく噴き上げる間欠泉オールド・フェイスフルは世界的に名高い。広大な原生林と草原にはバイソンや灰色狼、灰色熊が暮らし、手つかずの生態系が保たれている。地熱と野生が息づく比類なき景観により、自然遺産に登録されている。
絵として瑠璃の熱水泉を中景に据え、湯気の白を縦に立ち上げて空へ導く。泉を縁取る橙が青との対比を生み、奥へ広がる台地と森を水平に連ねる。手前の野花が色の呼び水となり、東海道五十三次の遠近法を思わせる。
フランス北西部、ノルマンディーの湾に浮かぶ岩山の修道院。八世紀、司教オベールが夢のお告げを受けて礼拝堂を築いたのが起源とされ、以後増改築を重ねてゴシックの尖塔が天を指す現在の姿となった。周囲の湾は潮の干満差がヨーロッパ最大級で、かつて満潮時には海に浮かぶ孤島となり、巡礼者は命がけで参道を渡ったという。「西洋の驚異」と讃えられ、中世には学問の中心、後には要塞や監獄としても使われた。一九七九年、修道院と湾一帯が世界遺産に登録され、フランス屈指の巡礼地として今も人々を集めている。
絵として円錐形の島を画面中央にすっくと立て、水面に伸びる灯の映りで上下の均衡をとる。夜の藍を全面に刷き、修道院の金色の灯がただ一つの暖色として浮かぶ。広い水の余白が孤高の島を引き立て、静けさを湛える。
オーストラリア大陸のほぼ中央、赤い荒野にそびえる世界最大級の一枚岩。周囲約九・四キロ、高さ約三百四十八メートル、地中にはさらに巨大な岩体が眠るとされる。先住民アナングの人々が数万年にわたり聖地として守り継ぎ、岩肌には神話を伝える壁画が残る。日の出と日没には岩が朱に燃え、刻々と色を変える光景は大陸の心臓と呼ぶにふさわしい。一九八七年に自然遺産として登録され、後に先住民文化の価値が加わり複合遺産となった。現在は文化への敬意から登山が禁じられ、麓を巡る歩道から聖なる岩を仰ぐ。
絵として赤い岩塊を横長に大きく据え、大地の水平線を強調する。酸化鉄の朱をまとう岩肌を、青の空と補色で対比させる。手前の低木を点描のように散らし、枯枝と黄の花が荒野の広がりに彩りを添える。
南イタリア、ナポリの街と青い湾、その背後に裾野を広げる活火山ヴェスヴィオ。西暦七十九年の大噴火はポンペイやエルコラーノを一夜にして灰に埋め、その名を歴史に刻んだ。「ナポリを見てから死ね」の言葉どおり、湾越しに火山を望む景観は古来、旅人や画家たちを魅了してきた。ナポリ歴史地区は、ギリシャ植民都市に始まる二千五百年の歴史が地層のように重なる旧市街で、一九九五年に世界遺産に登録された。城塞や大聖堂、下町の路地が今も生き生きと息づいている。
絵として手前の聖堂の丸屋根から湾へ視線を導き、海に突き出す卵城を要に、奥の火山へと遠近を重ねる。双峰の稜線を柔らかな藍でぼかし、地平の淡い光と青い海を対比させる。街並みを細やかな色面で刻む遠近の妙。
兵庫県姫路市、姫山の上に立つ白亜の名城。羽を広げた白鷺の姿にたとえられ、白鷺城の別名で親しまれる。現在の大天守は一六〇九年、池田輝政による大改修で完成した。五層七階の大天守と三つの小天守が渡櫓で結ばれる連立式天守は、白漆喰総塗籠の優美な外観と、迷路のような曲輪や狭間を備えた実戦的な縄張りを兼ね備える。築城から四百年、戦火や震災を免れて創建時の姿を留める天守は奇跡と呼ばれ、一九九三年、法隆寺とともに日本初の世界文化遺産に登録された。
絵として天守を画面中央やや右に据え、屋根の反りの重なりでリズムを生む。手前に松と夏の緑を大きく配して白壁と対比させ、灰色の瓦が白漆喰を引き締める。淡いクリームの空を背に白を際立たせ、木版らしい輪郭線が瓦の連なりを描く。
ベトナム北部、トンキン湾に広がる世界有数の景勝地。エメラルドの海に大小二千近い石灰岩の島々や奇岩が林立し、「海の桂林」とも讃えられる。ハロンとは「龍が舞い降りる」の意で、天から降りた龍が吐いた宝玉が島々になったという伝説が残る。石灰岩が長い年月をかけて浸食されてできたカルスト地形で、島には鍾乳洞が点在し、水上で暮らす漁民の集落も浮かぶ。霧に霞む島影が墨絵のような幻想的な景観をなし、一九九四年に自然遺産として登録された。遊覧船での島巡りが名高い。
絵として手前の黄壁の家と緑で視点を定め、湾に林立する奇岩を奥へ重ねる。遠くの島影を淡い青で霞ませ空気遠近を作り、暮色の空が青緑の海と映え合う。垂直の岩と水平の海の対比が構図を引き締める。
ハンガリーの首都ブダペスト、ドナウ川西岸の丘にそびえる歴代王の居城。十三世紀にベーラ四世が築いて以来、増改築と破壊、再建を繰り返し、現在はバロック様式の壮大な宮殿として丘を占める。眼下には対岸のペスト地区と結ぶ名橋くさり橋が架かり、国会議事堂やドナウの流れとともに「ドナウの真珠」と讃えられる夜景をなす。一九八七年、ブダ城地区とドナウ河岸が世界遺産に登録された。現在、宮殿は美術館や図書館として使われ、丘一帯には中世の街並みが残る。
絵として対岸から城と鎖橋を横に構え、川面に映る灯りを縦に流す。夜景の藍を基調に、建物の窓明かりを暖色で点じて対比する。満月と尖塔が天を、水平の川が地を締め、静謐な都市の情景を描く。
アメリカ・アリゾナ州北部、コロラド川が約六百万年をかけて大地を刻んだ大峡谷。長さ約四百四十六キロ、幅は最大二十九キロ、深さ約千八百メートルに及び、谷壁には二十億年ちかい地球の歴史が地層となって露出する。まさに「地球の年輪」であり、時刻や天候によって岩肌が赤や紫に色を変える光景は圧巻の一語に尽きる。先住民が古くから暮らし、十九世紀の探検によって世界に知られた。一九一九年に国立公園となり、一九七九年に自然遺産として登録。今も年間数百万人が訪れる。
絵として手前の岩棚を大きく置いて奥行きを作り、幾重もの尾根を段階的に霞ませる。地層の朱と谷底の藍が明暗を分け、深さを表す。水平の地層線がリズムを生み、大地の悠久を平坦な色面で伝える。
オーストラリア・シドニー湾に突き出た岬に立つ二十世紀を代表する建築。白い貝殻か帆船の帆を思わせる屋根の重なりはデンマークの建築家ヨーン・ウツソンの設計で、国際コンペで選ばれながら難工事の末、着工から十四年を経て一九七三年に完成した。百万枚を超える白いタイルに覆われた屋根は、陽光や夕日を受けて刻々と表情を変える。コンサートホールや歌劇場を擁する芸術の殿堂として年間千を超える公演が行われ、二〇〇七年、現代建築として異例の早さで世界遺産に登録された。
絵として白い帆型の屋根を画面右に据え、曲線の重なりでリズムを刻む。左手前の大樹と岩場が額縁となり、湾の水面越しに視線を導く。空の暖色と屋根の白、海の青の対比が澄んだ静けさを生む。
スペイン・バルセロナに建設が続く贖罪の大聖堂。一八八二年に着工され、翌年から天才建築家アントニ・ガウディが主任建築家として生涯を捧げた。森の木立を思わせる内部の柱、生誕の門を埋め尽くす彫刻など、自然に学んだ有機的な造形が随所に息づく。ガウディの死後も寄付と入場料によって工事が続けられ、百四十年を超えてなお未完のまま建設が進む稀有な建築である。生誕のファサードと地下聖堂は二〇〇五年、ガウディの作品群として世界遺産に登録された。
絵として林立する尖塔を天へ導き、垂直性を強調する。手前にグエル公園の破砕タイルのベンチを配し、ガウディの曲線と聖堂の垂直を響き合わせる。青空とクリームの雲を背に、細密な輪郭線が装飾の複雑さを写す。
アドリア海に臨むクロアチア南部の城塞都市。中世にはヴェネツィアと並ぶ海洋都市国家ラグーサ共和国として交易で栄え、「アドリア海の真珠」と讃えられた。全長約二キロの堅固な城壁が旧市街をぐるりと囲み、橙色の瓦屋根が紺碧の海に映える景観は比類がない。大聖堂や宮殿、ヨーロッパ最古級の薬局が石畳の街に残る。一九七九年に世界遺産登録。九十年代の内戦では砲撃を受けたが、国際協力によって忠実に修復され、今日も中世の面影をそのまま留めている。
絵として城壁と赤瓦の街を俯瞰で捉え、屋根の朱と海の藍を大胆に対比させる。手前の赤瓦と黄花が額縁となり、円形の砦を経て奥の街へ視線を導く。水平線を高く取り、屋根の連なりを平坦な色面でリズミカルに描く。
オーストリア中部、ザルツカンマーグート地方の湖畔に佇む小さな町。背後に迫る山の斜面に木造家屋が身を寄せ合い、尖塔のある教会とともに湖面に映る風景は「世界で最も美しい湖畔の町」と讃えられる。地名は古語の「塩」に由来し、七千年前から続く世界最古級の岩塩坑が町を潤してきた。鉄器時代の文化に「ハルシュタット文化」の名を与えた考古学の聖地でもある。一九九七年、塩の産業と山岳景観が一体となった文化的景観として世界遺産に登録された。
絵として湖畔の家並みと尖塔を右に寄せ、水面の反射で上下対称を作る。左手前の黄葉が色を添え、背後の雪嶺と霧の帯が奥行きを深める。垂直の尖塔と水平の湖面が対比し、静かな山間の情趣を湛える。
南米チリ領、南太平洋の絶海に浮かぶイースター島(ラパ・ヌイ)の巨石像。十〜十六世紀頃、島の先住民が祖先を祀るため凝灰岩を刻んで建てたとされ、大きいものは高さ十メートル、重さ八十トンを超える。約九百体が確認されるが、いかに切り出し、運び、立てたのかは今も謎が多い。部族間の抗争や森林の消失とともに多くが倒されたが、近年は各国の協力によって再建が進む。一九九五年、島全体がラパ・ヌイ国立公園として世界遺産に登録された。
絵として一体の巨顔を左近景に大きく据え、石肌の質感を細密に刻む。中景に並ぶ群像が奥行きを作り、大小の対比が巨石の量感を際立たせる。青い海と雲湧く空の余白が、絶海の静けさを湛える。
ベルギー北西部の古都ブルージュを象徴する運河の船着場。ローゼンホートカイは「ロザリオの岸辺」を意味し、運河越しに鐘楼を望むこの一角は町いちばんの絶景として知られる。中世、毛織物と交易で栄えたブルージュは「北のヴェネツィア」と呼ばれ、十五世紀には北方ルネサンス絵画の中心地となった。その後の港の衰退が、皮肉にも中世の街並みをそのまま凍結保存した。運河と切妻屋根の家並み、石畳が織りなす歴史地区は二〇〇〇年に世界遺産に登録された。
絵として岸辺のしだれ柳を左に大きく据え、煉瓦の家並みと鐘楼を背に立てる。水面の反射が建物と緑を縦に伸ばし、上下で画面を結ぶ。右奥へ退く運河が奥行きを導き、静かな水路の情景を細密に描く。
イタリア・ローマの中心に立つ古代最大の円形闘技場。ウェスパシアヌス帝が着工し、西暦八十年にティトゥス帝が完成させた。長径百八十八メートル、五万人を収容し、剣闘士の戦いや猛獣狩り、時には水を張った模擬海戦まで繰り広げられたと伝わる。アーチを重ねた構造や観客を短時間で出入りさせる動線など、ローマ建築技術の粋が注がれた。中世以降は石材を持ち去られ半壊したが、なお威容を保つ。一九八〇年、ローマ歴史地区として世界遺産に登録された。
絵として楕円の外壁を斜めから捉え、アーチの連続で奥行きを生む。昼の光の下、石灰華の乳白と煉瓦の赤褐が素材色のまま並ぶ。手前は赤瓦の家並みと緑、左にフォロ・ロマーノの列柱遺跡を望む、やや高めの視点。
アルゼンチンとブラジルの国境を流れるイグアス川にかかる世界最大級の瀑布群。全幅約二・七キロにわたり大小二百七十五もの滝が連なり、毎秒数千トンの水が轟音とともに落下する。最大の見どころ「悪魔の喉笛」では高さ約八十メートルの半円状の絶壁を奔流が呑み込み、水煙が空高く立ち上る。周囲は亜熱帯の密林で、オオハシや蝶が舞う。先住民の言葉で「大いなる水」を意味し、アルゼンチン側は一九八四年、ブラジル側は八六年に自然遺産として登録された。
絵として横一線に連なる滝の白を幅いっぱいに配し、中央の水煙で奥行きを生む。左の大樹と垂れる蔓が額縁となり、密林の深い緑が滝の白と対比する。地平の淡い暖色から上空の青へ、視線の広がる遠望の構図。
ギリシャの首都アテネの中心、高さ約百五十メートルの岩山に立つ古代神殿群。紀元前五世紀、ペルシャ戦争の勝利後にペリクレスが再建を主導し、彫刻家フェイディアスの監督のもとパルテノン神殿をはじめとする大理石建築が築かれた。守護神アテナに捧げられたパルテノンは、柱の膨らみや床の反りなど視覚補正を凝らした古典建築の最高峰とされる。西洋文明と民主主義の象徴として、一九八七年に世界遺産に登録された。夕日に染まる神殿は今もアテネの空に君臨する。
絵として丘の上の神殿を高く据え、列柱の垂直リズムを強調する。昼の光の下、大理石と城壁の素材色が青空に映える。右手前のオリーブの枝が額縁となり、別の丘から市街ごと望む構図が、古典建築の均整を静かに描く。
カンボジア北西部、密林に広がるクメール王朝の大遺跡群。九〜十五世紀に栄えた王都の跡で、四百平方キロに寺院や貯水池が点在する。中心のアンコール・ワットは十二世紀にスールヤヴァルマン二世が築いたヒンドゥー寺院で、五基の塔と回廊を埋める精緻な浮彫は人類の至宝と讃えられる。王朝の衰退後は密林に呑まれたが、十九世紀に西欧へ紹介され世界を驚かせた。一九九二年に世界遺産登録。朝焼けを背に水面へ映る伽藍の姿は、訪れる者の心を捉えて離さない。
絵として五基の尖塔を水面越しに構え、金色の空を映す逆さ像で対称を作る。伽藍は石の色のまま細部を刻み、右に砂糖椰子が立つ。左手前の崩れた石門と石段が額縁となり、水平の伽藍と垂直の塔が荘厳な均衡を生む。
スペイン・バルセロナの丘に広がるガウディ設計の公園。実業家グエル伯爵が構想した英国風の庭園住宅地として一九〇〇年に着工されたが、分譲は振るわず未完のまま公園となった。波打つモザイクのベンチが囲む大テラス、お菓子の家のような門番小屋、トカゲの噴水など、破砕タイルの色彩と曲線が織りなす童話的な世界が広がる。テラスからはバルセロナの街と地中海が一望できる。一九八四年、ガウディの作品群のひとつとして世界遺産に登録された。
絵として波打つモザイクのベンチを手前に横切らせ、曲線で視線を導く。門番小屋と市松の塔が破砕タイルの色彩を見せる。丘の上からバルセロナの街と地中海を一望する俯瞰の構図。
ハワイ島の南東部に位置する、世界で最も活発な火山のひとつ。ハワイ語で「噴き出す」を意味し、火の女神ペレが棲むと伝えられる聖地である。粘り気の少ない溶岩が絶え間なく流れ、海に達して白い蒸気を上げながら新しい大地を生み続ける。一九八三年から三十五年続いた噴火は記憶に新しい。標高四千メートル級のマウナ・ロアとともにハワイ火山国立公園を構成し、地球創造の現場を間近に見られる場所として、一九八七年に自然遺産に登録された。
絵として手前の斜面に黄の花咲く灌木を置き、広大な火口原の静かな青と、中央から立ちのぼる白い噴煙を印象的に描く。金色の空と海の対比が、火山の雄大さと静かな緊張感を表す。
インド北部アグラ、ヤムナー河畔に立つ白大理石の霊廟。ムガル帝国五代皇帝シャー・ジャハーンが、産褥で世を去った愛妃ムムターズ・マハルを偲び、一六三二年から二十年余りをかけて築いた。完全な左右対称の構成、宝石を嵌め込んだ象嵌細工、水路に映る白亜のドームなど、インド・イスラーム建築の頂点とされる。皇帝は晩年、息子によって幽閉され、塔から霊廟を眺めて過ごしたと伝わる。永遠の愛の記念碑として一九八三年に世界遺産に登録された。
絵として白亜の廟堂を中央に据え、水路の逆さ像と糸杉の並木で静謐な奥行きを作る。左手前の赤砂岩の楼閣が額縁となり、白と赤の対比が生まれる。右の黄花が彩りを添え、上下の呼応が心地よい。
エジプトの首都カイロ近郊、ギザの砂漠にそびえる古代の王墓群と守護神像。紀元前二千五百年代、古王国のクフ王、カフラー王、メンカウラー王が築いた三大ピラミッドは、最大のクフ王のもので高さ約百四十七メートル、平均二・五トンの石を二百三十万個も積み上げたとされる。傍らには全長約七十三メートルのスフィンクスが四千五百年にわたり東の地平を見つめる。古代世界の七不思議で唯一現存する建造物として、一九七九年に世界遺産に登録された。
絵として三角のピラミッドを奥に連ね、中景のスフィンクスと量感を対比する。朱の太陽が低く懸かり、空を橙に染める。手前の白いモスクと椰子の緑が、砂漠の幾何学に暮らしの気配を添える。
トルコ中央部アナトリア高原に広がる奇岩の大地。火山の噴火が積もらせた凝灰岩が風雨に浸食され、きのこ状や尖塔状の岩塔が林立する幻想的な景観を生んだ。人々は柔らかい岩を掘って住居や教会を築き、迫害を逃れた初期キリスト教徒は岩窟教会に鮮やかなフレスコ画を残した。地下八階に及ぶ巨大な地下都市も知られる。自然の造形と人の営みが一体となった稀有な景観として、一九八五年に複合遺産に登録された。朝焼けの空を彩る気球の群れが名物である。
絵として窓を穿たれた岩塔の群れを中景に立て、垂直のリズムで高さを示す。凝灰岩の素材色を細密に刻み、青空と対比させる。手前の石の家並みと紅葉の朱が、岩の大地の暮らしを語る。
ドイツ南部バイエルンの山中に立つ白亜の城。「新白鳥城」を意味し、中世騎士の世界に憧れたルートヴィヒ二世が、ワーグナーの歌劇の世界を体現すべく一八六九年に着工した。断崖の上に尖塔を連ねる姿はロマンチック街道の終着を飾り、眠れる森の美女の城のモデルとも言われる。王は完成を見ぬまま謎の死を遂げ、城は未完のまま残された。二〇二五年、「ルートヴィヒ二世の城群」のひとつとして、ついに世界遺産に登録された。
絵として白い城を山の緑に抱かせて中景に据え、尖塔を空へ伸ばす。秋の暖色を周囲の木々に刷き、藍の空と対比させる。左遠くに湖と平野、雪の山並みを望み、童話的な情趣を静かに描く。
トルコ・イスタンブール旧市街に立つ大聖堂。五三七年、ビザンツ帝国のユスティニアヌス帝が当時世界最大の聖堂として献堂し、「ソロモンよ、我は汝に勝てり」と誇ったと伝わる。直径三十一メートルの大ドームが光の環に浮かぶ内部空間は建築史の奇跡とされる。オスマン帝国の征服後はモスクとなって四本の尖塔が加えられ、二十世紀には博物館、二〇二〇年に再びモスクとなった。東西文明の重なりを象徴する建築として、一九八五年、イスタンブール歴史地域の中核として登録された。
絵として大ドームと四本の尖塔を丘の上の中景に据え、青い海越しに望む。金色の空の下、灰青のドームと石の素材色が静かに映える。手前のモスクの円蓋が額縁となり、水平と半円の均衡を図る。
岐阜県北部、庄川の流域に残る合掌造り集落。急勾配の茅葺屋根は日本有数の豪雪に耐えて雪を落とし、広い屋根裏では養蚕が営まれた。釘を使わず縄で結ばれた小屋組は、村人総出で屋根を葺き替える「結」の相互扶助とともに受け継がれてきた。大家族が一つ屋根の下に暮らした民家には、山国の知恵と暮らしが刻まれている。一九九五年、富山県の五箇山とともに世界文化遺産に登録された。雪をまとう冬の夜、灯りのともる集落は日本の原風景と讃えられる。
絵として雪をいただく合掌屋根を右近景から段々に連ね、白と藍の対比で寒気を表す。左の大樹が幹を傾けて画面を覆い、額縁を成す。三角形の屋根が反復してリズムを生み、静かな雪景を描く。
ハンガリー北東部、トカイ山麓の丘陵に広がる歴史あるワイン産地。火山性の土壌と川霧が生む貴腐菌に恵まれ、蜂蜜色に輝く貴腐ワイン「トカイ・アスー」を千年ちかく育んできた。フランスのルイ十四世が「王のワインにしてワインの王」と讃えた逸話は名高い。なだらかな葡萄畑、酒蔵の並ぶ集落、岩盤を掘り抜いた迷路のような地下セラーが一体の景観をなし、二〇〇二年、ワイン造りの伝統を伝える文化的景観として世界遺産に登録された。
絵として丘の斜面に掘り込まれた地下セラーの入口を、切妻の反復で奥へ連ね、遠近を作る。芝屋根の緑と石積みの白、黄金の草地を藍の空に対比させ、手前の紅葉が秋の刻を告げる。
ペルー南部、アンデスの尾根、標高約二千四百メートルに築かれたインカ帝国の都市遺跡。十五世紀、皇帝パチャクテクの時代に造られたとされ、太陽神殿や段々畑、水路が精巧な石組みで残る。カミソリの刃も通さぬと言われる石積みは、モルタルを使わずに地震にも耐えてきた。スペイン人に発見されぬまま放棄され、一九一一年にハイラム・ビンガムが「発見」して世界に知られた。「空中都市」の名で親しまれ、一九八三年に複合遺産として登録された。
絵として遺跡を中景に俯瞰で据え、背後の尖峰を高く立てて垂直性を強める。石組みは灰白の素材色のまま、青い山襞と対比する。手前の鋭い葉と黄花が額縁となり、天空の都市の孤高を描く。
チェコの首都プラハ、ヴルタヴァ(モルダウ)川の畔に広がる千年の都。丘の上のプラハ城は九世紀に起源を持ち、聖ヴィート大聖堂の尖塔とともに今も大統領府として生きる世界最大級の城郭である。川に架かるカレル橋は十四世紀、神聖ローマ皇帝カール四世が架けた石橋で、三十体の聖人像が旅人を見守る。「百塔の街」「黄金の都」と讃えられ、戦禍を免れた旧市街にはロマネスクから現代までの建築が重なる。一九九二年に歴史地区が世界遺産に登録された。
絵として川越しに城と橋を横に構え、灯の反映を水面に縦に流す。夜の紺に雲を刷き、金色に浮かぶ城と大聖堂の尖塔を際立たせる。橋の灯が点々と連なり、水の都の夜を細密に描く。
京都市北区、衣笠山の麓に立つ臨済宗の名刹。正式名は鹿苑寺。一三九七年、室町幕府三代将軍足利義満が営んだ山荘北山殿に始まり、義満の死後に禅寺となった。金箔をまとう三層の舎利殿は、寝殿造・武家造・禅宗仏殿造を積み重ねた北山文化の精華で、鏡湖池に映る「逆さ金閣」の美しさは名高い。一九五〇年に放火で焼失したが五五年に再建され、八七年には金箔が張り替えられた。一九九四年、古都京都の文化財のひとつとして世界遺産に登録された。
絵として雪が金を隠すのではなく、金が雪の中で息をひそめる構図。白く覆われた屋根と金の壁面の明暗を主役に、池の反映で上下対称を作る。椿の紅は雪原に落ちた一滴の熱。
南イタリア、ソレント半島の南岸に連なる約四十キロの海岸。断崖が地中海に落ち込む急斜面に、白やパステルの家々が段々に張り付き、レモン畑が香る。中世には東方交易で栄えた海洋共和国アマルフィの本拠地で、大聖堂には十字軍時代の面影が残る。断崖を縫う海岸道路は世界屈指の絶景ドライブルートと讃えられ、ポジターノやラヴェッロなど宝石のような町が点在する。人と自然が刻んだ地中海の傑作景観として、一九九七年に文化的景観として登録された。
絵として断崖を雪崩れる家並みを右に大きく据え、高低差を強調する。家々の暖色と海の藍が対比し、小舟が点々と浮かぶ。円蓋の聖堂と手前の花が彩りを添え、地中海の光を明るく描く。
オーストラリア・シドニーの西方に広がる大山岳地帯。ユーカリの葉から揮発する油分が光に散乱し、山並みが青い靄に包まれて見えることからこの名がある。切り立つ砂岩の断崖と深い渓谷、滝が原生林の中に連なり、シンボルの奇岩スリー・シスターズには先住民の伝説が残る。百種近いユーカリが自生する生態系の宝庫であり、恐竜時代の生き残りといわれる針葉樹ウォレマイ・パインの発見でも知られる。二〇〇〇年、グレーター・ブルー・マウンテンズ地域として自然遺産に登録された。
絵として三本の奇岩を左寄りに配し、日射しを受けた砂岩の金茶で断崖を立たせる。谷の彼方は青い山並みの上に白雲の帯を広くとり、空の余白で雄大さを表す。手前は花々と樹木を色濃く敷き、明るい山気の中に景の深さを描く。
スペイン中央部、タホ川に三方を囲まれた丘の古都トレドの中心に立つ大聖堂。「スペイン・カトリックの総本山」と呼ばれ、一二二六年から約二百七十年をかけて築かれたゴシック建築の傑作である。高さ九十メートルの塔が旧市街の空に聳え、内部にはエル・グレコの絵画や黄金に輝く祭壇衝立が待つ。トレドはキリスト教、イスラーム、ユダヤ教の三つの文化が共存した都として知られ、迷路のような旧市街全体が一九八六年に世界遺産に登録された。
絵として大聖堂の尖塔を左寄りに高く立て、丘の上に旧市街の家並みを細かく連ねる。構図として、手前に川と石橋を配し、水面の青で画面を落ち着かせる。昼の光の中、砂色の石肌と緑の樹木を丁寧に描き、古都の重なりを表す。
静岡・山梨両県にまたがる日本の最高峰、標高三千七百七十六メートル。左右に裾野を引く優美な円錐形は古来、神の宿る山として仰がれ、山岳信仰と登拝の伝統を育んできた。葛飾北斎の「富嶽三十六景」や歌川広重の浮世絵に繰り返し描かれ、その図像は海を渡って西洋の画家たちにも衝撃を与えた。芸術の源泉であり信仰の対象であるという文化的価値が認められ、二〇一三年、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」として世界文化遺産に登録された。
絵として富士と五重塔を左右に対置し、間に街を沈める。桜の淡紅が朱塔と呼応し、雪嶺の白を引き立てる。忠霊塔からの眺めに連なる、現代の名所絵。
ローマ市内の独立国バチカン市国に立つカトリックの総本山。使徒ペテロの墓の上に建つと伝えられ、現在の聖堂は十六〜十七世紀、ブラマンテ、ミケランジェロ、ベルニーニら巨匠が受け継ぎ、約百二十年をかけて築かれた。ミケランジェロ設計の大ドームは高さ約百三十六メートル、堂内には若き日の彫刻ピエタが輝く。ベルニーニの列柱廊が抱く広場は、信徒を両腕で迎える形と言われる。一九八四年、バチカン市国全体が世界遺産に登録された。
絵として川向こうに大円蓋を望み、手前に彫像の並ぶ石橋のアーチを重ねて奥行きを作る。昼の光の下、聖堂の乳白と川の青が静かに映える。橋を前景に置く構図は広重の江戸名所に通じ、洋の大伽藍を和の眼で描く。
イタリア北東部、潟に浮かぶ百十八の島々からなる水の都。五世紀、蛮族の侵入を逃れた人々が干潟に杭を打って築いたのが始まりとされ、中世には東方交易を握る海洋共和国として千年の繁栄を誇った。百五十の運河と四百の橋が街を結び、車の代わりにゴンドラと舟が行き交う。サン・マルコ広場、大運河沿いの館、ガラス工芸のムラーノ島など見どころは尽きない。一九八七年、「ヴェネツィアとその潟」として世界遺産に登録された。地盤沈下と高潮との闘いは今も続く。
絵として屋根付きの白い石橋を中央に大きく据え、運河の視線をそのアーチで受け止める。水面の反射を縦に伸ばし、両岸の館の彩りを映す。手前のゴンドラと繋留杭が水の街の情趣を細密に語る。
沖縄県那覇市、丘の上に立つ琉球王国の王城。十五世紀から四百五十年にわたり王国の政治と文化の中心であり、中国と日本の様式が溶け合う朱塗りの正殿は琉球独自の美を象徴する。国王の居城であると同時に、中国皇帝の使者を迎える外交の舞台でもあった。沖縄戦で全焼し、平成に再建された正殿は二〇一九年の火災で再び失われたが、いま復元が進む。二〇〇〇年、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として城跡が世界遺産に登録された。
絵として朱塗りの正殿を中央に据え、屋根の反りと欄干の朱を暖色で強調する。背後の空を藍で締めて朱を際立たせ、手前に石畳と樹花を配する。南国の光を明るい色面で表す。
イタリア・シチリア島東部にそびえるヨーロッパ最大の活火山。標高約三千三百メートル、五十万年に及ぶ活動の歴史を持ち、古代ギリシャ人は鍛冶の神の炉と恐れた。今も数年おきに噴火を繰り返し、夜空を赤く染める溶岩は島の風物詩ですらある。一方で火山灰の土壌は肥沃であり、山麓には葡萄畑や果樹園、オレンジの林が広がり、人々は火山と共に生きてきた。地球の活動を刻み続ける生きた記録として、二〇一三年に自然遺産に登録された。
絵として噴煙をたなびかせる火山を奥に据え、稜線を大きく取る。茜の空と山肌の藍が対比し、海に低い陽が光の帯を引く。手前のサボテンと石の家並みが、火山と共に生きる暮らしを語る。
クロアチア内陸の山中に連なる十六の湖と九十余りの滝。石灰分を含む水が生む石灰華の堤が天然のダムとなって湖を段々につなぎ、上下の高低差は百三十メートルを超える。水は溶け込む鉱物と光の加減によってエメラルドや瑠璃色に輝き、木道を歩けば足元を魚が横切る。ブナやモミの原生林にはクマやオオカミも生息する。「ヨーロッパで最も美しい水の風景」と讃えられ、一九七九年、クロアチア初の世界遺産として自然遺産に登録された。
絵として段々の滝と湖を手前から奥へ連ね、白い水と碧の湖面を対比させる。周囲の森の深緑に、手前の黄葉が彩りを点じる。垂直の滝と水平の湖が交互にリズムを生む。
京都市中京区に立つ徳川将軍家の城。一六〇三年、徳川家康が上洛時の居館として築き、三代家光が後水尾天皇の行幸を迎えるため大改修した。国宝の二の丸御殿は現存する唯一の武家風書院造の御殿で、狩野派の障壁画三千面余りが将軍家の権勢を物語る。廊下は歩めば鶯張りが鳴く。一八六七年、十五代慶喜がここで大政奉還を表明し、江戸幕府の始まりと終わりの舞台となった。一九九四年、古都京都の文化財として世界遺産に登録された。
絵として御殿の甍と唐破風の車寄を中景に据え、屋根の連なりでリズムを刻む。手前に庭園の松と山吹を配し、季節を添える。金色の空を背に瓦の輪郭を線で描き、武家建築の格式を静かに表す。
スペイン・バルセロナに立つ、ガウディが手がけた最初の住宅。タイル業者マヌエル・ビセンスの夏の別邸として一八八五年頃に完成した。緑と白の市松タイルとマリーゴールドの花模様が外壁を覆い、ムデハル様式と東方趣味が溶け合う色彩の饗宴は、若きガウディの才気を告げる処女作である。長く個人の所有で非公開だったが、修復を経て二〇一七年に博物館として公開された。二〇〇五年、ガウディの作品群のひとつとして世界遺産に登録された。
絵として小塔を頂く館を中景に据え、タイルの市松模様を色斑で刻む。手前の草木と塀、右へ下る坂道が奥行きを作る。細密な輪郭線が意匠の華やかさを平坦な色面で写す。
アメリカ・ニューヨーク港のリバティ島に立つ巨大な女神像。アメリカ独立百周年を祝いフランス国民の募金によって贈られ、一八八六年に除幕された。彫刻家バルトルディが設計し、内部の骨組みはエッフェル塔のギュスターヴ・エッフェルが手がけた。台座を含む高さは約九十三メートル、右手に自由の炎を掲げ、左手に独立宣言の銘板を抱く。海を渡って来た移民たちを最初に迎えた「新世界の門」として、一九八四年に世界遺産に登録された。
絵として女神像を中景に縦に据え、松明を高く掲げて垂直性を強める。銅の緑青色を淡く刷き、左遠くに摩天楼を霞ませる。手前の海の余白が、港に立つ像の孤高を表す。
奈良県斑鳩町に立つ聖徳太子ゆかりの寺院。六〇七年の創建と伝えられ、七世紀後半に再建された金堂と五重塔は、現存する世界最古の木造建築群である。雲形の組物やエンタシスの柱に飛鳥様式が薫り、金堂の釈迦三尊像、百済観音像など仏教美術の至宝を今に伝える。千四百年の風雪に耐えた木の建築は、日本の木造技術の原点にして頂点とされる。一九九三年、姫路城とともに日本初の世界文化遺産に登録された。
絵として五重塔を中央やや左に立て、右の金堂と高さを競わせる。左端の老松が枠を作り、屋根の重なりが垂直リズムを刻む。淡青の空に鱗雲を散らし、古色を帯びた暖色で木肌を表し、静謐を湛える。
フランス・パリ、セーヌ川に浮かぶシテ島に立つゴシックの大聖堂。一一六三年に着工し、約二百年をかけて完成した。「我らが貴婦人」すなわち聖母マリアに捧げられ、双塔の正面、薔薇窓、飛梁はゴシック建築の教科書と讃えられる。ナポレオンの戴冠式の舞台となり、ユゴーの小説でも名高い。二〇一九年の大火で尖塔と屋根を失ったが、世界中の支援によって甦り、二〇二四年に再開された。セーヌ河岸の一部として一九九一年に世界遺産に登録されている。
絵として斜めから望む側面構図で、尖塔を頂点に伽藍の全長と飛梁の連なりを見せる。石の乳白と鉛屋根の青灰が素材色のまま映える。手前にセーヌ川と花咲く河岸、左の壁と腕木灯が額縁となり奥行きを出す。
ペルー南部の乾燥した台地に刻まれた古代の地上絵。紀元前後から八百年頃、ナスカ文化の人々が地表の黒い小石を取り除き、下の明るい土を露出させて描いたとされる。ハチドリ、サル、クモなどの動物や、数キロに及ぶ直線・幾何学図形が千点以上確認され、その全容は上空からしか捉えられない。暦や雨乞いの祭祀との関わりなど諸説あるが、正確な目的は今も謎に包まれる。降雨が極端に少ない気候が二千年の保存を可能にした。一九九四年に世界遺産に登録された。
絵として大地を俯瞰で捉え、白く刻まれたハチドリと直線群を平坦な画面に配する。台地の灰褐と線の白が対比し、地平線を高く取る。手前のサボテンと黄花が縁取り、古代の営みの神秘を静かに表す。
オランダ南西部、ロッテルダム近郊の干拓地に並ぶ十九基の風車群。海面より低い土地を守るため、十八世紀半ばに排水用として築かれた。風車は水路の水をくみ上げて川へ戻し、低地の暮らしを支え続けた。水面に整然と並ぶ風車の列は「水と闘い、水と生きる」オランダの国土の象徴であり、今も動かせる状態で保存されている。運河をゆく遊覧船や自転車道から間近に望める。一九九七年、風車網と水管理の遺構一式が世界遺産に登録された。
絵として水路を手前から奥へ流し、対岸に風車を点々と連ねて遠近を作る。金色の空の下、黒褐の風車と赤屋根の小屋が水面に縦の影を落とす。手前の赤瓦と葦が縁取り、低地の情趣を穏やかに描く。
奈良市に立つ華厳宗の大本山。八世紀、聖武天皇が国家の安寧を願って建立し、七五二年に盧舎那大仏の開眼供養が営まれた。大仏は高さ約十五メートル、世界最大級の金銅仏である。二度の兵火で焼失と再建を繰り返した大仏殿は、江戸期の再建でも幅五十七メートルという世界最大級の木造建築を誇る。南大門には運慶・快慶らの手になる金剛力士像が仁王立ちする。一九九八年、「古都奈良の文化財」のひとつとして世界遺産に登録された。
絵として大仏殿の甍を中央に大きく据え、金の鴟尾と屋根の量感を強調する。左の大樹と紫陽花が額縁となり、季節を添える。金色の空に大屋根の輪郭を線で描き、荘厳な構図を作る。
メキシコ・ユカタン半島に残るマヤ文明の都市遺跡。七〜十世紀に最盛期を迎え、プウク様式と呼ばれる精緻な石のモザイク装飾で知られる。一夜にして魔法使いが建てたと伝わる「魔法使いのピラミッド」は、マヤでは珍しい楕円形の基壇を持ち、高さ約三十八メートルの威容を誇る。尼僧院と呼ばれる中庭式の建物や総督の宮殿には、雨の神チャクの顔が無数に刻まれる。雨に恵まれぬ台地で天水に祈った民の都は、一九九六年に世界遺産に登録された。
絵として曲面のピラミッドを中央に据え、正面の階段が高みへ視線を導く。昼の光の下、乾いた石肌の淡黄を、手前の草原と左の樹木の緑で挟む。青空に湧き立つ白雲が、密林の都の湿気を思わせる。
ノルウェー西岸、氷河が百万年をかけて刻んだ入り江。ガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルドの二つが登録され、海面から千メートル級の断崖が垂直に立ち上がる。雪解けの季節には「七人姉妹」をはじめ無数の滝が絶壁を流れ落ち、鏡のような水面を遊覧船が滑る。断崖の上には、人が張り付くように営んだ山岳農場の跡が残る。世界で最も美しいフィヨルド景観の典型として、二〇〇五年、「西ノルウェーフィヨルド群」として自然遺産に登録された。
絵として左右の断崖が奥へ細まる水路を挟み、深い遠近を作る。右壁を流れ落ちる幾筋の滝が垂直を強め、鏡の水面に白く映る。崖肌の緑と黄葉、遠嶺の残雪。人影のない静けさが峡湾の荘厳を語る。
広島県廿日市市、宮島の海上に立つ神社。島そのものが神と崇められたため、社殿は陸ではなく潮の満ちる浜に建てられた。現在の壮麗な寝殿造の社殿は十二世紀、平清盛の造営になる。朱の大鳥居は沖合の海中に立ち、満潮時には社殿もろとも海に浮かぶように見え、干潮時には鳥居の足元まで歩いて渡れる。背後の弥山原始林と一体の景観が神の島の信仰を今に伝え、一九九六年に世界文化遺産に登録された。日本三景「安芸の宮島」としても名高い。
絵として朱の大鳥居を中央やや右に立て、柱の映り込みが水面に揺れる。青空に白雲を流し、昼の光で朱を際立たせる。背後の弥山は深緑の重なり、左の汀に社殿の屋根を低く連ね、潮の情景を静かに描く。
南イタリア、ヴェスヴィオ火山の南麓に眠る古代ローマの都市遺跡。西暦七十九年の大噴火により、火砕流と降り積もる灰が一夜にして街を呑み込んだ。皮肉にもその灰が街を密封し、石畳の轍、フレスコ画の壁、パン屋の竈、逃げ遅れた人々の姿までが二千年の時を超えて保存された。十八世紀に発掘が始まり、古代ローマ人の日常をありのままに伝える「時が止まった街」として世界を魅了し続ける。一九九七年、周辺の遺跡とともに世界遺産に登録された。
絵としてフレスコ画の残る壁を手前に置き、中景の列柱へ視線を運ぶ。背後に二こぶの火山を据えて因果を暗示する。壁の赤と黄は往時の顔料の色のまま、廃墟の静けさを細密な色面で描く。
ウズベキスタン東部、二千七百年の歴史を持つシルクロードの要衝。「青の都」と讃えられ、十四世紀にティムールが帝国の都と定めて壮麗なモスクや廟を築いた。中心のレギスタン広場では三つのマドラサ(神学校)がコバルトブルーのタイルを輝かせて向かい合い、イスラーム建築の最高峰と讃えられる。ティムール一族の眠るグリ・アミール廟、青のドームが連なるシャーヒズィンダ廟群も名高い。二〇〇一年、「文化交差路サマルカンド」として世界遺産に登録された。
絵として青タイルの大門と尖塔を中央に据え、瓜稜のドームの曲線を強調する。トルコ石とコバルトのタイルを、黄砂色の壁面と対比させる。左下の青ドームが縁取り、静謐の中で装飾を細密な色面で写す。
新 嘉彦(アタラシ ヨシヒコ)
画家、ウェブ・グラフィックデザイナー、作曲家
事業家(広告会社経営 unit-net.co.jp/infor/index1.htm)
投資家(不動産事業 unit-net.co.jp/chintai)
Free Art Space KYOTO(世界遺産的 五拾三次 版画展示)のご案内
デジタルアーティスト・学生アーティストに、無料の展示スペースを提供する京都のギャラリーです
若い才能と新しい表現に、発表の場を届けることを目的に運営しています
展示スケジュール・個展のお申し込みは、下記サイトをご覧ください
https://real-digital-gallery.art
アタラシヨシヒコの作品のほか、本書収録『世界遺産的 五拾三次』のジークレー版画も展示しています
作品紹介サイト https://link1959.com/yoshi
世界遺産的 五拾三次 第一部
二〇二六年八月 第一刷発行
著者・発行 新 嘉彦(有限会社クリエイティブ・ユニット)
© 2026 Yoshihiko Atarashi
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世界遺産的 五拾三次 第一部 URL https://link1959.com/yoshi/index.htm#sekaiisan53
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